恒岡食品の誕生は大正13年、現在の三重県伊賀市円徳院にて創業。 初代は恒岡きん、管理人の祖母である(でも「きんさん」と呼ばれていて「つねちゃん」とは呼ばれてなかったと思われる)。
この頃は、一般の家庭でもとうふを作るのは珍しくなかった時代。4人の子どもを持ち、戦争で夫を亡くした初代はご近所をお得意さんに、とうふやこんにゃくを製造販売して生活を維持していた。このおばあちゃんは、とっても働き者で、とっても恐くて、雷が大嫌いな人でした。
2代目は、きんさんの4番目の子ども、末っ子の弘二である。
この2代目は、昭和28年のいわゆる28災害で増水して流された家屋から一家を救出した事で、吉田茂内閣総理大臣から紅綬褒章を受けたという経歴の持ち主。また、元内閣総理大臣の小泉純一郎氏が厚生大臣の時に、食品衛生功労者賞もいただいています。
2代目は、現在の所在地に工場を建て本格的に事業として操業し、昭和32年会社を設立。全自動豆乳製造ラインを三重県で初めて導入し、量産体制を確立。代表社員を務めるとともに、14年間伊賀市議会議員(旧上野市から通算)をつとめ、2009年3月で任期を終了。
2010年4月、3代目つねちゃんが代表社員に就任。
2017年11月、2代目が議員時代の功労に対し旭日双光章を受章しました。